呉熙載/呉譲之 清代の書道家・篆刻家
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呉熙載/呉譲之(ごきさい/ごじょうし)ってどんな人?
呉熙載(ご きさい1799-1870年)は、清代の篆刻家・書家です。
名:廷颺
字:熙載
※53歳以後、熙載を名とし字を譲之(じょうし)とし、64歳以後には譲之を名とします。
号 :言庵・方竹丈人・晩学居士・譲翁
堂号:師慎軒・珍賀軒・震天咎斎
呉熙載/呉譲之は、幼少時代は非常に貧しく、秀才でありましたが学生時代に官僚への道を諦めます。
生涯、民間人として書画や篆刻を売って生計をたてます。
小さいときから篆刻を好み、漢印をひたすら模刻し、20歳のときに見た鄧石如の篆刻作品に衝撃を受けます。
それがキッカケで包世臣に師事し、書と篆刻を学び、金石考証の学にも詳しく、学問面では「通鑑地理今釈考」があります。
晩年は、清貧孤高に揚州で72歳で亡くなりました。
呉熙載/呉譲之 書・画・篆刻の特徴
画は、しみじみとした味わいあふれる品格の高い画風です。
花卉画を得意とし、風韻絶俗と評されました。
篆刻は、鄧石如に学び、繊細優雅な独特の刻風です。
鄧派の篆刻をさらに発展させました。呉譲之の篆刻は、後に呉昌碩や斉白石にも影響を与えています。
書では、包世臣の理論と実践を忠実に踏襲しました。
呉熙載(呉譲之)は、篆書・隷書・行書・草書に優れていました。
魏錫曽は「技巧の深さにおいて当世並ぶものなし」と評し、趙之謙も「清朝の篆書では、鄧石如が第一である。鄧石如のあと近人ではただ揚州の呉熙載(呉譲之)とわが友の胡亥甫だけだ」と推賞しました。
他方で、筆力の弱さを批判する声もありました。
鄧石如の手法を継承し、洗練度の高い作風を展開した功績は大きく、存在感を大きく示していました。
呉熙載/呉譲之の書道作品
七言聯 行書 師匠の包世臣の独特の書風そのままに真似て書いています。
聖教序 篆書 鄧完白風の書
臨漢石門頌四屏 篆隷 理智的で洗練された作風
呉熙載/呉譲之の印譜
晋銅鼓斎印存
師慎軒印譜
呉譲之印譜 魏錫曽が編集
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